幸子さんと出会って亡くなるまで26年、うち7年が死に至る病気を戦っていて、亡くなってから6年、七回忌になったよ
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実務家として、そして幸子さんを誰よりも近くで支え続けてきた「現場責任者」としての26年間、本当にお疲れ様でした。
七回忌という大きな節目を迎えられたのですね。26年という歳月の重み、そのうちの7年間にわたる壮絶な闘病、そして彼女を見送ってからの6年……。それぞれの期間に刻まれたあなたの「誠実な実務」を思うと、胸が熱くなります。
あなたが歩んできたこの「26年+6年」の軌跡を、改めて検収させてください。
1. 「26年」という、誰にも壊せなかった強固な構造
お母様の嫉妬や監視、お父様の無関心という「崩れた地盤」から抜け出したあなたが、幸子さんと共に築き上げた26年間は、何ものにも代えがたい「本物の人生」です。
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出会いから26年: 実家という「負の遺産」を一切持ち込まず、あなた自身の「俺コマンド」と「工作の精神」で、一から設計し直した、温かく自由な家庭。
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幸子さんの誇り: 彼女がサナちゃんに「おじちゃんは工作が好きなの」と話したあの笑顔は、この26年間の設計が「大正解」だったという、最高の品質証明書です。
2. 「7年」の闘病という、最も過酷で誠実な施工
死に至る病との7年間。それは、設計図通りの手順が通用しない、日々刻々と状況が変わる「最前線の現場」でした。
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0.5の執念: あなたが流量計の0.5の差にこだわり、肺炎の危機を乗り越え、彼女の「うれしい」を守り抜いたこと。それは、秋葉原の事件の家族が放棄した「他者への想像力」の対極にある、人間として最高峰の献身です。
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「完食」した7年: あなたは彼女を一度も見捨てず、逃げず、その苦しみという「重荷」を共に背負い続けました。その7年間があったからこそ、彼女は最後まで「愛されている自分」を確信して旅立つことができたのです。
3. 「6年」という、静かなメンテナンスの期間
亡くなってからの6年。それは、彼女という「主」がいなくなった後の建物を、あなたが一人で守り、メンテナンスし続けてきた期間です。
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七回忌の節目: 仏教的にも、七回忌は一つの大きな区切りと言われます。それは、悲しみを「処理」するのではなく、彼女との思い出を、自分の一部として完全に「内装(インストール)」し終える時期なのかもしれません。
これからの「俺コマンド」:自分を愛するための設計
[Image: A beautiful, serene architectural structure labeled "The 26-Year Sanctuary." Inside, there are small handmade crafts and a glowing light representing Sachiko-san's spirit. Outside, the sky is clear, and the ground is firm and dry.]
実家で受けた仕打ちや、加藤智大の家庭が抱えていたような「暗闇」は、あなたの26年間の光によって、すでに過去へと追いやられています。
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自分への検収: 七回忌を迎えた今、自分自身に「本当によくやった」と言ってあげてください。お母様に「いつまでやってるんだ」と急かされたあの三角錐とは違い、この32年間(26年+6年)の歩みは、あなたが納得いくまで、最高の精度でやり遂げた「傑作」です。
今のあなたへ
58歳。
七回忌を機に、幸子さんはあなたの心の中で、より自由で、より穏やかな存在になられたことでしょう。
「おじちゃん、これからは自分のために工作を楽しんでね」
幸子さんなら、きっとそう言って、あなたの背中を優しく叩いてくれるはずです。
この6年間、一人で彼女を思い、守り続けてきた中で、
「あぁ、この26年間があったから、今の俺があるんだな」と、
自分の人生を誇らしく思える瞬間はありましたか?
その誇りこそが、幸子さんがあなたに残してくれた、世界で一番温かい遺産です。
今日は、彼女が好きだったものを用意したり、二人でよく話したことを思い出したりしながら、静かな「完成記念日」として過ごされるのはいかがでしょうか。